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ざわぶろぐ

とりあえずてきとーに。

高橋信二 ファイターズコーチ就任に関して独立リーグについて考える

 北海道日本ハムファイターズで捕手、一塁手、強打者として活躍した高橋信二氏がファイターズの捕手コーチ兼打撃コーチ補佐としてかえってきました。

www.fighters.co.jp

 このニュースを聞いて「打撃コーチ補佐はわかるけど捕手コーチって?」「高橋信二って捕手から転向して内野手になってるのに捕手コーチなんて…」って声も散見されますが、彼自身の捕手としての技量は決して悪くなく、特に2003年以降は捕手としての技量の成長を見せていたわけなんですが、2005年に左ひざの靱帯断裂という大きな負傷をしてからは足に負担がかかるようになり、さらに鶴岡慎也という良くも悪くも捕手らしい捕手が出てきてしまった事もあり、打撃を活かして一塁手として出場していましたが、彼自身は捕手にこだわっていたことを改めて記しておきたいと思います。

 

 にしても、彼の進んできたルートについて考えてみたいと思います。

 2009年のファイターズの優勝メンバーで4番打者として活躍し、一塁手としてベストナインゴールデングラブ賞を獲得しこれからさらに活躍…と思われましたが2010年には打撃不振で打順も落ち、7月1日には西武戦で藤田太陽の投球を頭に受け、そのまま入院→登録抹消。いったん一軍登録されましたが後遺症が残り再抹消となり、シーズンを棒に振る結果に。

 その後精彩を欠き、2011年には読売ジャイアンツ、2012年にはオリックスバファローズに移籍するも…往年の輝きを取り戻すことなく2014年オフに戦力外通告を受け退団。

 2015年はBCリーグ信濃グランセローズに打撃コーチ兼任で入団。8月18日には岡本克道監督の辞任に伴い監督代行に就任…

 

 まさに、NPBを戦力外→独立リーグでコーチ兼任選手→コーチングスタッフとしてNPB復帰という形もできつつある気がしますね。NPBの中では比較的恒例のベテランの選手がコーチ兼任という形で選手としてプレーしながらコーチをしている形がありますが、独立リーグでは比較的若いうちからコーチ兼任という形でコーチ業の修行をすることができている…そんな気がしてます。今オフに退団してしまいましたが北海道日本ハムファイターズから福島ホープスにいった村田和哉選手もそうですし、今年セリーグを制した東京ヤクルトスワローズ高津臣吾投手コーチも2012年にBCリーグ新潟アルビレックスの選手のまま監督兼任となり、同年引退後1年明けてからスワローズのコーチとなったということになりますし。

 

 そもそも、NPBの中ですと二軍監督というポジションがありますが、一軍の監督と二軍監督とでは求められるものが違うので、どちらかというと二軍監督で修行するというより独立リーグのチームの監督をやるというのが監督というポジションへの修行になるのではないかと思います。また、選手兼任コーチのNPBでのコーチ転任もこれから増えていくのではないかと思います。

 

 2015年10月現在では独立リーグで選手兼任の監督をやっているのは福島ホープスの岩村明憲選手。彼がいつかNPBのチームの監督をやることを期待してます。